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筑紫氏に思う
11月に入ると、例年ぐっと冷え込むが、
今年は既に12月の気候を体験出来てしまうとは、
温暖化だなんだと騒がれている昨今でも、
ちっと驚きい~。
寒いの~ぉ。
いつもは12月にならないと主要暖房器具は稼動せなんだが、
もうホッとカーペットは、昼間でもスイッチはONであるよ。
あぁ、お日様が恋しい。

昨夜は筑紫氏の追悼番組をやっていた。
この手の番組は、はっきり言ってちょっと苦手なんだが、
亡くなられた方によっては、見ることも有る。
で、今回は後者と出て、家事をしながら見、見ながら家事をし、
と忙しい晩だった。
ゆっくり見られるように録画しておいてもよかったんだが、
ゆっくり見るのも、ちょっとな~というのも感想で、
(堪えられんでしょう)
O.A.のみにした。

極フツーに“追悼番組”は進んで行き、途中ところどころで、
筑紫氏の「ガンと生きる」という多事争論が出てくる。
その中で、生きていくと言う事で、生きていく上で、
「見切る」と言う事が必要であると述べている箇所が有った。
残念、丁度相方に呼ばれちゃって、ちゃんと見られなかったんだが、
病気が進んでいく上で、どうしても受け入れていかなければならない事が出てくる。
病気と闘っていく事や、寿命というものを感じる事であったり、
そんな時、精神的に堪えていかれるのか、と言う事を頭に描いてしまうという。

筑紫氏は、
「初期のガンであり、必ずこの場に戻ってくる。」
と言い残して番組を一旦休んだが、
氏のガンは調べれば調べるほど、タチの悪いガンであるということが分かり、
家族もとても落胆したそうだ。
それでも昨年の終わりには、今戦っているガンはほぼ撲滅したと言えるほどに
回復したそうだが、
今年になって飛び散るようにガンが全身に転移してしまっていた。
息を潜めて、死んだ振りをして、一気に転移するなんて、
本当にタチの悪いガンである。

覚悟は出来ていたんだろうなあ。
でももちろん、諦めてはいなかったんだろうな。
それでも一人の人間である。重い葛藤がいつも有ったんだろうな。

番組を見ながら実父の事を思い出し、色々な事が頭を過ぎっていく。
「見切る」
と言った筑紫氏が頭から離れない。
ワタシも20代の頃から「見切る」という事を持っていた。
だからそれは実父のそれではなく、両親との関係全般に及んぶ事である。

父が35歳の時に生まれたワタシは、
同級生よりも確実に両親と一緒にいる時間は短いと分っていた。
早ければ自分が40歳半ばから、上手くして還暦までぐらいしか、
一緒にはいられないと。
若い頃はそれでも、そんな先の事を思ってウジウジするなんて
毛頭無かったが、さすがに四十路が見え始めた頃には、かなり意識していた。
これからどうやって過ごそうか、過ごせるのか。
そこに来て実父の病の発覚である。
いきなりの発覚ではあったものの、予防、早期発見が可能であった病なのが、
とても悔しい発覚であった。
1~2年という猶予をもらって、3年生きた。
決して短くはない時間。3年も生きてくれた。それもほぼ最後まで元気で。
最後まで父そのままで生き抜いてくれた。
同級生より短くとも、寝たきりになったり、違う人になってしまったりしなかった。
とても有り難く思っている。

「見切る」・・・。
残された実母は、実は比較的若い頃に両親を亡くしている。
三人兄弟の末っ子。
(とは言っても長男は生まれて直ぐに亡くなり、事実上二人姉妹の次女に当る)
結婚して、ワタシが生まれるちょっと前に実母を亡くしている。
ワタシは33歳の時の子供であるから、やっぱりちょっと早いかな。
そして実父は40歳前に亡くなった。
考えてみれば、私よりずっと早くに両親が既に他界している。
姉は残ってはいるが、やはり早くに両親を見送るのは辛いものがある。
(貞子は、ボケられるのも辛いと言っているが、そうだな、
やっぱり父は父で、母は母のままで、送りたいと私も思うよ。)

ワタシは一人っ子の身で、子供の居ない夫婦の身で、
どうやって実母を見送ろうか、見送れるのか。
そこのところの“見切り”を、ちゃんとしたいと思っている。
今から肩に力を入れて待ち構えるわけではない。
やっぱり自然体が一番いいと思っている。
が、前出のように実母は肉親を、そして連れ合いをも比較的早くに亡くしてしまっている今、
実の子が自律神経失調で長患いしているのも、辛いところだ。
(って、この手の病は長いのよね、治るまで。)
年寄りを安心させると、自分の役目が無くなってボケるとか、逝っちゃうとか、
色々説が有れども、でも余計な心配もさせたくない。
出来れば楽しい、もしくはフツーの毎日が一番いいと思う。
私自身がキチンと、実母との関係を見切らなければ、それも出来まい。

やはり子供はちゃんと親を送らなければなあ。
別れは辛くとも、残される寂しさが有っても、
でも、「見送りはちゃんとする」為の見切りは付けとかなければな。

筑紫氏は最後の多事争論で今の日本の話をしていた。
日本の政治は病に侵されているという。
そしてその病がどんなものであるか、まず、知る事が大切である。
政治は元々未来への投資、過去頑張ってきた者への投資でなければならない。
今の日本にはそれが出来ていない。
この現状が日本の病であるという。
侵されている病を知ったからと言って、簡単に治せるわけではない。
しかし、相手を知らなければ対処も出来ないのも事実で、
これから日本は、この病と戦って行かなければならないと語っていた。

実母を送った後もワタシの“見切り”は続いていく。
それは色々なモノへ常に存在しているからで、
見切る事で、目に見えない通過点を過ぎて行く気がする。
そして、私自身への見切りがいつか、訪れるんだろうなあ。
そんな時、ちゃんとそれが出来るといいな、と今から感ぜずにはいられない。
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[2008/11/12 04:46 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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