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そしていよいよ、松本伊代伊代
お葬式が終わっても、まだまだ色々山積みです。
仏壇に、喪中葉書に、香典返し、そして・・・お墓だ~。
生前から自分のお墓を造るのは悪い事では無いのですが、
父ちゃんはいきなり前立腺ガンを、しかも末期ですよと告知されてしまったので、
それまで家のリフォームには力を入れていた父ちゃんでしたが、墓探しには勢力を傾け、動くことは出来ませんでした。
なので、それまで無言のうちに決まっていた市営霊園に墓を作るという意向で、ワタシと母貞子は動き出したのですが、
それが、頓挫してしまい途方に暮れたのでございます。
市営霊園・・・。
普通の墓が建てられると思っていたら、最近はお墓事情も大分変わり、

・集合型
・壁式


等という新しい形になってしまっておりました。
しかも、なんと言うか、とっても淋しいんですぅ。
もう既にそこに入られていらっしゃる方もおられるので、言葉を選んで選んでようやく出た言葉。

淋しすぎるよ、これじゃ・・・。

詳しくは、川崎市の市営霊園で検索すればおそらく出てくるとは思うのですが、
う~ん・・・ワタシなら、海でも山でもいい!遺灰を撒いて貰う事をきっと選んでしまうま。
あれで150万も取るんかい、川崎市は・・・。

で、一からお墓探しが始まったとです。
でも今はホント、ミニマムになりましたね~。
昔は最低が一坪だったのですが、今は先の市営霊園よかマシとは言え、
0.7㎡とかから有るんですよ。
もう、ビックリ。
昔から有る和型、流行の洋型、色々有るんですが、特に和型。
あまりのミニマムぶりに、なんかかわいい~♪のであります。
豪華なジオラマか?
それとも、北関東に有る世界の史跡や街のミニチュアランドか?
って感じもするです。
で、やっぱりお盆やお彼岸など、沢山お参りの方がいらっしゃるとめちゃめちゃ混んじゃって、
朝の通勤ラッシュ並らしい。
ので、やはり一坪は贅沢なご時世だが、半坪程度で探す事にいたしました。
で、霊園というとやっぱり人里離れたところにドーンとデカイのが良くあるんですが、
それじゃあやっぱりばばあ(先々ワタシもそうなるので)には墓参りもままならず。
で、値段もとっても大事なんですが、やっぱりアクセスも譲れないということで捜しておりましたところ、どうやら今週末決まりそうで、今からなんだか落ち着きません。

大体母貞子の使いで霊園周り(と言っても二箇所だけですけど)をいたしましたが、
買い物が買い物なので、普段はランラン♪気分で行って帰って来るのですが、
今回はえらく疲れましたわ。
日曜日、正式に調印になると思うのですが、場所が決まっても今度は墓石の選択が有るので、
ちょっと気が抜けまへん。
はあ~・・・。あまりに石の種類とランクが有るので、石屋の言いなりにはなるでないぞと、
周りからも言われておりまして、いやはやどうなる事やら。
でもまあ、艶を無くした墓石の寂しさは、市営霊園で十分肌で感じて着てますから、
はははははは・・・。
とりあえず、お墓が決まる事で、又一つ大きな仕事が片付くデス。
あっ、でも12月早々に七十七日がやって来るんだった。(_ _;)
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[2007/11/23 03:30 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
因縁の斎場かっ?
11月というのは、喪中の葉書が飛び交う季節なんでしょうかね~。
既に3枚舞い込んで来ておりますです、ハイ。
しかも、同級生ばかりでお亡くなりなったのは皆ご尊父様、ご母堂様。
享年(行年)もほぼ同じで、なんか、そういう歳になっちゃったんだね~と、
相方と二人、しみじ~みもしちゃいました。
かく言う我が家も、今日ようやく投函出来たので、近いうちに届くのでしょうが、
普段行き来の無くなってしまった級友たちを、やはり驚かせるのでせうね~(_ _;)

6年前の父ちゃんの弟が亡くなって、その時使ったのもこの市営斎場でした。
その時も、ちょっと事件が・・・いや、出来事と言った方がいいかな、
が有りましてね~。
うちら夫婦はかならずどちらかが、または二人で何かやらかしちゃう運命なんでしょうか。
古い「おかもち」にも載せて、その時は読者の皆様に爆笑を頂いたのですが、
今回は、実の娘の告別式居眠り事件ですよ~。
・・・やっぱ、あんまりですよね。
重ね重ね、ゴメンな父ちゃん。


叔父さんの葬式、あの時は、6年前のあの日はまだ父ちゃんも代取で社長だったけ~。
平日だったから、昼間はちょこっとだけ仕事して、速めに通夜の会場へ夫婦で行ってしまい、
わたし等二人ギリギリまで仕事して、時間に終われるように斎場に向かったのでございます。もちろん、喪服も自宅から持参して出社でしたから、帰りの便の商品を載せたトラックに喪服で並ぶ二人。
すんげ~異様~お(^^;)
でもね、もっと異様だったのは、相方のネクタイでした。
だって、そりはネクタイじゃなかったんだもの( ̄▽ ̄∥;)
ワタシがネクタイを忘れたばっかりに、通夜の時間が迫った事務所の中は大パニック。

まさかネクタイ無しで行くわけに行かないし、どっかで買う?
そうだ、駅なら、駅の売店なら売ってるよ、きっと!

なんてやってたら益々時間が無くなっちゃって、結局駅によってる暇もありゃしない。
で、その時運良くというか、運悪くと言うか、ワタシがあるモノを見つけてしまったのだよ。

アパレルショップの紙袋の持ち手。

それがさ、とってもよく出来た持ち手でね、ニットタイプのネクタイっていうんですかあ?
ちょっと編みこんで有るようなネクタイって有りますよね~。
あれにソックリだったとですよ。
試しに二本を繋いで襟の首の後ろに隠し、結んでみたら、あ~らそりはもうネクタイにしか見えないじゃあ~りませんか。
9月といってももう7時近く。夕暮れから夕闇に変わるこの時刻に、私たちは賭けに出たとです。

なるべく下を向いていれば分からないよ。
細いネクタイもあるじゃない。
暗いしさ、こんな時人のネクタイなんか見てる人いないってェ。

等とお互いをフォローしながら出かけていった通夜でございました。
叔父さん、今だから言える。
あれは、あれは、ネクタイじゃなかったのよお~。
ごめんなさあい<(_ _)>
出来の悪い姪子で、ホントにごめんなさあい。

でも、二度有ることは三度有るって言うじゃなあ~いっ・・・。
いやいや、三度目の正直という言葉にワタシはすがりたいっス( ̄  ̄∥;)
[2007/11/23 03:01 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
娘の一番長い日、は一日だけじゃなかった。
っいや~・・・というのは、時間との戦いなんですね。
10月下旬ともなると季節も良いし、早々先を急ぐご老人たちも多くは無いと思っていたのですが、
抑えられた市営の葬斎場は、一週間後の土日でありました。
まあ、仕事の事も有るし、魔の月末だし、何やかんや言うてもお父ちゃん、
商人の鏡やな~、と母ちゃんと二人感心してしまったのですが、
その間のお父ちゃんの処遇はどなしよ・・・と言う事になり、
やむなく葬祭場の霊安室にて過ごして貰うことになりました。
けど、霊安室言うても、いわゆる冷蔵庫ですがな(_ _;)
ちょっと、気の毒にも思えたんですけど、民間の葬斎場なんか頭には有りませんでしたから、
火葬場と斎場がセットになった市営の葬祭場使用が我が一族の伝統~。
って感じで、話は進んで行ったのですが、・・・う~ん、今から思えばそれが悲劇(喜劇)の始まりだったのかもしれん(_ _;)


当日は好天にも恵まれ、また沢山の弔問客にもお越しいただいて、
在りし日の父ちゃんの写真ギャラリーも簡単ですが片隅にコーナーが出来、
皆父ちゃんを偲んでおりました。
そして静々と式は始まったのでありますが・・・。
すんごーいっ寒いの。
足元には、氷のような冷たい空気が満ち満ちていて、スカート族のおねいちゃん、ちょっと昔のおねいちゃん達を震え上がらせておりました。
市営斎場・・・そりは確かに安価だし、火葬場まで建物内部を移動するだけで行けるし、それなりの設備は整ってるしと、良い事尽くめでは有るんだけど、
季節に忠実に冷暖房を入れるので、この日はまだ暖房は無し。
おまけに石の床、天井吹き抜け高し、外扉も開放、の三重苦が重なって、
もうお通夜の悲しみなんてぶっ飛んじゃうほどの寒さであります。
超昔のおねいさん達は、しっかりあったか下着を着込んできていたのと、
携帯カイロも持参と準備万端であったが、ちょっと昔に属するワタシは、ワタシは・・・。
受付をしてくれた従姉妹たちも寒くて死にそう~なんて、本来なら笑えないような事口にしていたけど、でも前日まで小春日和は店じまいをしてしまったようで、
夜間の寒さは骨身に染みましたでござる。


翌日は午前中からの告別式。
「昼間だから大丈夫だよね~。」
等とちょっと昔のおねいちゃんたちは皆で言っていたのですが、
ダメ・・・。やっぱり石の会場内は底冷えのする寒い施設でありました。
でね、でね、寒さに打ち震えるワタシに悲劇が襲ってきたのよ、ついに。

とっても、眠くてさ・・・。
それまでの一週間の疲れが、最後に訪れた寒さで一気に出ちゃったみたいで、
ドーンと強烈な睡魔が襲って来ちゃったのよ、私の上に。
でね、でね・・・。父ちゃん、ゴメン。居眠りしちゃったの。許してェ、お願い。
1回だけ、1回だけね、ガクッと来ちゃったりもしちゃったの。
寒さと疲れから睡魔に襲われるって話、やっぱ本当だったの。
って、アタシはスコット隊かあ~っ・・・。
いや~、疲れた脳みそにはお経が最高の子守唄であります。
あっ、でも式が終わって動き出したら睡魔はどっかに行っちゃったから、
その後は大丈夫だったんだけどね。
ちゃんと、お父ちゃんの旅立ちを見送ったからね、許してね♪お父ちゃん。

[2007/11/23 02:38 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
娘の一番長い日
10月入って直ぐに、自宅の団地が20年目の大規模補修に突入しました。
今は全面的に足場&ネットが張られてはいるものの、
ベランダは隣家との境を強制的に撤去され、
はあ~なんと風通しの良い事か。
網戸も取られてしまっているので、窓の開放は有り得ませんがね。
内外を出入りする時は細心の注意を払って、忍者のように忍んで素早く(笑)、
そして猫sの動向を視野全てを使って見張っております。


父ちゃんは、夏に一度入れ歯の不具合から歯茎を痛め、
食が細くなってへばりましてね。
でも、その後また元気を取り戻したので、
ぜ~んぜん家族一同“心配”なんかしちょりませんでした。
でも、所詮は病んだ老人。
やっぱりその出来事は結構身体に響いていたんでしょうねえ。
夏以来母ちゃんの出勤状態は半日になっておりましたが、
10月に入ってからは、ほとんど出社せず、
自宅で看病の合間の気晴らし程度に事務仕事をしとったとです。
でも、それでも父ちゃんの低空飛行ははつくけれども、
平行路線を維持していましたから、
主治医の看立ても変わらず、父母も何十年かぶりの新婚生活を楽しむかのように、
過ごしておったのでございます。

なんせ、死ぬ2週間前まで車に乗ってお出掛けしてましたから。
おまけに、死ぬ1週間前にはお医者さまから『正月太鼓判』をおされてましたから。

でも、前日の26日夜、往診に来てくれた先生の検査結果には、
恐れていた臓器不全が出てしまったんだす。

腎不全

っまあどこの臓器が“不全”になっても命取りなんですけど、
腎臓はやっぱり致命的でした。

治療するといっても
『入院し、背中から管を通して腎臓から直接尿を排出させて、
その場を凌ぐ』
程度でしたので、
危険を冒してベッドから連れ出しても、
「何ヶ月も元気な毎日」を取り戻せることにはならないので、
本人のたっての希望通り入院はさせないことにし、覚悟を決めました。

それまでは、2年と言われたところを3年もがんばっている現状に甘え、
もしかしたらまだあと1年くらい何とかなっちゃうかな?
もちろんそれなりに元気で。

等と夢も見ていたのですが、
さすがに突きつけられた状態にきっぱり覚悟も決まりましたわ。

その晩はたまたま帰宅途中立ち寄った実家でした。
父ちゃんが呼んだんですかね~。
その頃はとにかく忙しくて、自宅に帰るのも遅いし、夕飯なんて惣菜並べてましたから、
なかなか父ちゃんの顔見に行くこともままならず。
・・・ホントは父ちゃんの顔を見るのが辛かったんで、
足が向かなかったってェのが本音なんですけどネ。
一旦帰宅後仕度をし、実家に取って帰りそのまま泊まりました。
その時はブーやんも一緒に来たんですが、
翌日の仕事の事も有って深夜一人で帰って行きました。
代わる代わる父ちゃんの様子を見に行くんですけど、
父ちゃん気持ち良さそうにイビキすらかいていて、
とっても腎不全で時間の問題な人には見えませんでした。

もしかしたら、息してなかったりして・・・。

って、何度も見に行ってたんですけど、その度にほっとして茶の間に帰ってきてました。
それまでは痛かったり、なんか身体がむずむずするような歯がゆさで、
たえず動いたり、声出したりしていたので、
痛み止めはもちろん睡眠導入剤とかも貰ってたんですが、その晩は久しぶりにゆっくり眠れているようにすら見えましたわ。
でも動いたり、声出したりというのは、本人は無意識でしている事で、
痛いわけではないとその晩主治医に聞いていたので、もうそれすらも無いのかと、
ちょっと胸も痛みましたわ。

で、翌日の朝、6年前の亡くなった父ちゃんの直ぐ下の弟の嫁さんが、
これまた呼ばれたように出社前に立ち寄ってくれて、
父ちゃんに会ってくれました。
その時はまだ意識は有ったのですが、・・・なんか心残りが、心配事が無くなっちゃったんでしょうかねえ、
約1時間後に静かに逝っちゃいました。

呼吸が、主治医の言った通りに変化してきたので、直ぐに連絡をし、
訪問看護士さんにも連絡をしたんですが、
なんせ土曜日の朝の事、なかなか上手くはいきませんでしたわ。
でも先生はもう分っていたし、私たちももちろん分っていたし、
だからどうっ?て事は無かったんですけど、
色々父ちゃんの事を気遣ってくれている人たちが沢山いましたんで、
義理を欠いちゃいけねェってんで、せめて『危篤』である知らせだけはしないと、
と電話を掛け捲ってたんですが、
直ぐに『亡くなりました』と電話するのが、ちょっと辛かったっス。

その後は、娘の一番長い日となりました。

[2007/11/21 00:37 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
長らくご無沙汰しておりました
いきなり季節が進んでしまった今日この頃、
皆さん如何お過ごしでしょうか。
10月27日に父が逝ってしまってもう3週間。
11月3、4日に無事に葬式も済んで、今、“その後”と仕事に追われ、んでもってぐったりでありました。
というのも、この冠婚祭という人生の一大イベントの際に寒さから風邪をひき、
悪寒とP~P~と、食欲減退で、すっかりきんにくんも落ちてしまい、もうがっかり~ぃ。
じゃない、ぐったり~ぃ。
でも、今日からようやくブートキャンプも再開出来まして、少しずついつもの生活に戻りつつある、
というところでしょうか。

いきなり消息プッツンで、皆様に失礼仕りまして、申し訳なかったっス。
父ちゃん「正月OK!」の主治医の太鼓判を覆して、いきなり逝っちゃったものですから、
てんやわんやの大騒ぎになってしまいました。
おまけに、そりは月末超目前の土曜日の朝の出来事。
しかし、泣いてるヒマも無いのが商人の宿命。
葬式までの一週間、遺体に一人留守番をさせ出社する母貞子・・・、
と言う訳にもいかないので、一足早く父ちゃんには式場の霊安室と言う名の冷蔵庫で待ってもらう事に。そして元気に出社する貞子。

と、今夜はここまででございます。
明日からちっとづつですが、この3週間余りの山のような出来事のご報告を、
ちゃんちゃかちゃんと、綴ってゆきたいと思います。
皆様、待っててくださいね。
[2007/11/18 03:26 ] | とろ仲日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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